Third Eye

第4回【後編】 日本人、いつになったら変われるのか? ~脳科学から考える日本人の特性と働き方~

サードアイ 2024.2.5

前編で、日本人は不安遺伝子が多いこと、実直で誠実な反面、世間のルールからはみ出す人に対しては容赦なく攻撃するなど、脳の働きにおける日本人の特徴についてお話ししました。
後編では、日本人はこれから何を目指せばいいのか、どのような働き方が合っているのかを考えてみたいと思います。

●茶道における日本人らしさ
美術活動家の岡倉天心は、明治時代に『茶の本』を英文で執筆し、アメリカで出版して海外で評判になりました。当時、岡倉天心はボストン美術館で働いていたそうです。それを聞くと、欧米に傾倒していたのかと感じますが、実際にはその反対で、むしろ日本の伝統文化を切り捨てて欧米化していく世の中に危機感を持っていました。
「近代文化をつくっていくために、日本の伝統文化をしっかりと捉えなければいけない」と考え、日本美術専門の東京美術学校の立ち上げに関わり、初代校長になります。生徒には横山大観、下村観山、菱田春草ら、後に日本画の大家と呼ばれる面々がいました。
しかし、数々のスキャンダルに巻き込まれて学校を追われ、大観や観山らと共に日本美術院を創設します。そこで日本画に西洋画を取り入れた新しい技法を生み出しますが、「汚い」「濁っている」と批判を浴びます。現在、この技法は「朦朧体(もうろうたい)」と呼ばれていますが、これは揶揄される時に使われていた表現だったようです。
やがて美術院の経営が立ちいかなくなり、海外で生活することになりました。ボストン美術館で働いている時に、日本の伝統文化を世界に伝えるために記したのが『茶の本』です。
この本で、天心は「一体、いつになったら、西洋は東洋を理解するのか理解しようとするのか」と苦言を呈します。
「日本人が茶道という平和でおだやかな技芸にふけっていた間は、西洋人は日本のことを 野蛮な未開国だとみなしてきた。それが、日本が満州を戦場にして日露戦争をすると、日本は文明国になった」と痛烈な皮肉を言い、「戦争という恐ろしい栄光によらねば文明国と認められないというのであれば、甘んじて野蛮国にとどまることにしよう。私たちの芸術と理想にしかるべき尊敬が払われる時を待つことにしよう」と日本人としての誇りをにじませます。
茶道について、天心はこう語っています。少し長くなりますが、そのまま引用します。
「茶道は、雑然とした日々の暮らしの中に身を置きながら、そこに美を見出し、敬い尊ぶ儀礼である。そこから人は、純粋と調和、たがいに相手を思いやる慈悲心の深さ、社会秩序への畏敬の念といったものを教えられる。茶道の本質は、不完全ということの崇拝 ── 物事には完全などということはないということを畏敬の念をもって受け入れ、処することにある。不可能を宿命とする人生のただ中にあって、それでもなにかしら可能なものをなし遂げようとする心やさしい試みが茶道なのである」
この文章から、善き日本人はどうあるべきなのかが伝わってきます。
以前の日本人は、人間の不完全さも愛していたのかもしれません。
江戸落語には失敗してばかりで、頭もいいとは言えない与太郎というキャラが出てきます。長屋のご隠居さんは「お前さんは仕方ないね」と言いつつも与太郎をかわいがり、友人や親戚も振り回されながらも与太郎の世話をします。
昔の日本は、困った人であっても受け入れて社会を回していたのかもしれません。そのような寛容さを取り戻したら、閉塞感など吹き飛ぶ気がします。

●日本は中心が「無」だからこそ強い 
それにしても、『茶の本』のような善き日本人は、なぜ失われてしまったのでしょうか。それは日本人の中心が空っぽだからかもしれません。
心理学者の河合隼雄氏は『中空構造 日本の深層』(中央公論新社)という本で、日本人は中心が中空、つまり空っぽであると述べています。「古事記」の時代からずっと空っぽで、だから西洋文化をすんなりと受け入れられたのだそうです。
中心が空っぽであることがマイナスの方向に作用すると、無気力や無責任、自己主張がなくて人任せになってしまうのだとか。
河合隼雄氏は、日本人は「場」を大切にし、西洋人は「個人」を大切にするとも説いています。日本人は「場」があると自分の意見を抑えて、周りの人たちが望むようなことを言おうとします。
それはつまり、判断軸が自分にあるのではなく、他人にあるということになります。自分という「個」が確立していなければ、自分を肯定するのは難しいでしょう。日本人の自己肯定感が低いのは、中心が空っぽだからなのかもしれません。
一方、西洋人は何人集まっても個人は個人。自分の意見を言うことを大事にする傾向があります。河合隼雄は現在の若者たちが無力感、無気力などに襲われているのも、日本的中空構造に原因があると指摘しています。25年ぐらい前の本ですが、今も昔も日本の若者は無気力や無力感にとらわれているところは変わりないようです。
ところが、脳科学・ロボット工学者で幸福学の第一人者である前野隆司氏は、『幸せの日本人論』(角川新書)で、日本は中空構造の国で真ん中が「無」だからこそ、対立のない真の調和に向かえるのではないかと、肯定的にとらえています。中心が「無」だから、どんな新しいことも矛盾なく受け入れて、「日本化」できるのが日本人の強みであると述べています。
確かに、日本人は明治時代から欧米の技術を取り入れると、欧米以上の技術に昇華する力を持っていました。戦後、日本が高度経済成長期を経て「ジャパン・アズ・ナンバー1」と世界で呼ばれるようになったのも、欧米の技術を取り入れて日本化してきたからです。
ただし、日本ではゼロイチのイノベーションは生まれにくいと言われていますが、そんなことはありません。イノベーションの芽が生まれても、それをうまく育てられないところに問題があるのです。
日本独自のOS「TRON」や青色ダイオード、水素エンジン、リニアモーターカーも、国内で様々な壁に阻まれたり、海外の競争に負けて日本発のイノベーションになれませんでした。要は先を見通す力が欠けていたり、戦略や売り込み方が下手なのでしょう。
一方で、毎年のようにイグ・ノーベル賞を受賞しているのは日本人なので、ユニークな視点は持っているのだと思います。それを活かせられれば無敵なのでしょうが、それをできないのは、国全体が大企業病に侵されているのかもしれません。

●日本人は国全体が大企業病!?
フィンランドのドキュメンタリー番組『なぜ仕事がツラいのか 燃え尽き症候群を生むシステム』では、現場の社員たちが、働くモチベーションが上がらずに悩んでいる様子が描かれています。
いわゆるジョブ型では、学歴でほぼ入社してからのポジションが決まってしまいます。エリート層は新人でも管理職からキャリアをスタートしますが、そうではない人達はどんなに頑張って働いても基本的には管理職にはなれませんし、給料も上がりません。だから働く意義や意味を見失ってしまい、もがき苦しんでいるのです。
この番組では、世界の主要国で仕事にやる気のある人、やる気のない人、大いに不満のある人の割合をリサーチした結果も紹介していました。大体は20%、60%、20%で、どこの国もやる気のある人はそれほど多くないということです。
やる気のある人の割合が最も高いのはアメリカで30%ぐらい、次がブラジルです。
意外にも、スウェーデン、ドイツ、イギリス、フランスはやる気のある人は10~20%でした。やる気のない人の割合も高いので、生産性の高い国でも仕事へのモチベーションが高いわけではないのが分かります。
衝撃的なのは、日本の結果です。なんと、やる気のある人が10%にも満たない結果になっていました。他のどの国よりもやる気のある人の割合が最も低く、ケニア(20%ぐらい)よりもずっと下です。そして、大いに不満のある人は20%強でした。高度経済成長やバブル期はこんなことはなかったでしょう。
日本は残業を厭わず、休暇も少なく、給料が30年間も上がらなくても、みなサラリーマンを続けています。それにも関わらず、やる気がない人が圧倒的に多いのはどういうことでしょうか。
これも、もしかしたら脳が関係しているのかもしれません。
日本人はドーパミンという神経伝達物質の濃度が低く、リスクを冒してでも新しい物事や未知の世界に触れたいという願望が弱いと言われています。
だからといって、毎日決められた仕事しかしていなかったら、やりがいを感じられなくなるでしょう。
米国の人類学者デヴィッド・グレーバー教授は、「完璧に無意味で、不必要で、有害であると認める仕事」をブルシット・ジョブと名付けました。「ブルシット・ジョブ」とは「クソどうでもいい仕事」という意味です。今の世の中は、ブルシット・ジョブであふれていると指摘しています。
たとえば、コロナ禍でリモートワークが増えた時に、「働かないおじさん」が顕在化したと言われていました。書類にハンコを押すために出社したとか、デジタルに弱いからかリモート会議に参加しなくなった、参加しても何も発言しないなど、ベテラン社員の仕事のできなさが露見したそうです。
働かないおじさんの仕事はブルシット・ジョブかもしれません。そういう社員に限って高額の給料をもらっているので、若手社員から「この人、いらないのでは?」と思われてしまうのです。
そのような「無意味で不必要な仕事」が燃え尽き症候群を生んでいるのかもしれません。日本はいまだにムダな会議をしている企業は多いですが、それもブルシット・ジョブの一つでしょう。
そうであるなら、ブルシット・ジョブをなくしていくのが、これからの企業の課題になるのではないかと思います。それが働きがいややりがいを生むことにつながるでしょう。

●欧米ではジョブ型のひずみが起きている
最近、ネットフリックスで配信されている「テイク・ユア・ピル ~スマートドラッグの真実」というアメリカのドキュメンタリーが注目されています。
この作品では、ADHD(注意欠如・多動症)薬のアデロール(アンフェタミン)やLSD、マジックマッシュルームなどのドラッグに手を出す若者たちが登場します。その理由は、「仕事で成果を出したいから」。ソフトウェアエンジニアや金融アナリストたちが、ドラッグを飲んで何日も徹夜してハイパフォーマンスを維持しているのです。
それも、ここに登場した若者だけの話ではなく、まわりもみんな飲んでいるとのこと。エリート達は会社でトップの成績を取るために、学生はテストでいい成績を取るために、みんなためらわずにドラッグを飲んでいるそうです。
アメリカは超競争社会です。学生は「社会に出たらドラッグを飲まなくてもやっていけるだろう」と思っていても、社会ではより激しい競争が繰り広げられます。
終わりのない競争から脱落しないために、ドラッグを飲まないとやっていけない社会。それは健全な姿でしょうか?
これは、ジョブ型の働き方のひずみが起きているのだと思います(ジョブ型、メンバーシップ型については3回目のコラムで詳細を話しているので、ここでは省略します)。
日本とは比べ物にならないぐらいの高給をもらえるのだとしても、命がけで仕事をしてまで手に入れたい生活なのでしょうか。
日本では欧米型の働き方がいいとジョブ型にシフトする企業も増えていますが、今、欧米の社会で起きていることを冷静に見つめ直したほうがいいと思います。
むしろ欧米では、「ジョブ型は時代遅れ」だと、20年ぐらい前から言われているという説もあります。
最近よく聞かれるようになった「心理的安全性」という言葉にも、それは表れています。
米グーグル社は2012年から約4年かけて、生産性の高いチームの条件を調査するために「プロジェクトアリストテレス」というプロジェクトを立ち上げました。
その結果、「心理的安全性がチームの生産性を高める重要な要素である」と結論付けて、そこから「心理的安全性」が注目されるようになりました。
心理的安全性とは、組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対しても安心して発言できる状態のことです。
たとえば、「ムダな会議が多くないですか?」と発言しても、叱られたり罰せられたりせず、受け止めてもらえるような場に心理的安全性はあると言われています。
要はチームワークを重視しているということですね。一昔前の日本の企業は、まさにチームワークで仕事を動かしていました。
そう考えると、日本のメンバーシップ型は、優れた人事制度なのかもしれません。年功序列だけ変えたほうがいいと思いますが、終身雇用で、一度雇った人材を長期に渡って育成しながら、さまざまな仕事を体験させるメンバーシップ型は世界から見て本当は羨ましい制度なのかもしれません。
そもそも、日本人と欧米人は歴史も文化も違いますし、ここまで述べてきたように脳にも違いがあります。欧米人を追随することが日本人にとって必ずしも幸せだとは言えないのではないでしょうか。

●今月のサードアイ  日本人はしずかちゃんに戻ろう
就活コーチングを行っている廣瀬泰幸氏の『新卒採用基準』(東洋経済新報社)では、ドラえもんのキャラクターを「自尊型」(しずかちゃん)、「委縮型」(のび太)、「全能型」(ジャイアン)、「仮想型」(スネ夫)の4タイプに分けています。
この判断軸になるのは、自己肯定感が高いか低いか、他者軽視感が高いか低いか。
全能型は自己肯定感が高いのと同時に、他者を見下す傾向も強いお山の大将タイプ。つまりジャイアンです。 
自尊型は自己肯定感が高く、他者を軽視しないタイプ。ジャイアンに臆することなく、弱いのび太君も軽蔑しない心優しいしずかちゃんはこのタイプになります。
委縮型は自己肯定感が低い一方で、他者を尊重するタイプ。自分に自信がなくても人を見下すことはない気弱なのび太君がこれになります。
仮想型は自己肯定感が低く、他者を軽視する傾向が強いタイプ。虎(ジャイアン)の威を借る狐である嫌味なスネ夫が当てはまります。
実は、日本人はのび太とスネ夫の割合が他の国よりも高く、2つを合わせて約7割になります。 
ただ、日本人はずっとのび太やスネ夫であったとは思えません。やはり、第二次世界大戦で欧米のパワーに負けて、自信を失ってからではないでしょうか。戦前は日本人であることに誇りを持ち、自分より強い相手にも戦いを挑めたしずかちゃんタイプだったのではないかと思います。
したがって、日本人はしずかちゃんに戻るのが理想的だと言えます。欧米人が全能型であっても、そこに合わせる必要はありません。
グローバリズム化が進み、欧米でも通用する人材になれと言われてきました。しかし、ジャイアン型の欧米人がやっていることと言えば、ウクライナ戦争やイスラエル・パレスチナ紛争、米中によるビジネスでの覇権争いなど、争いばかりです。
争いを生み出す側ではなく、収束させる立場にあるのがしずかちゃん型です。情緒を重んじ、脳科学的に不安症である日本人に合っているのはそちらでしょう。
先日、イエメン出身でノーベル平和賞を受賞したタワックル・カルマンさんが来日した時、インタビューでこのようなことを語っていました。
「日本は、ガザで起きていることに『NO』と言える道徳心を持った、もっとも重要な国です。日本は広島と長崎で原爆の被害を受けた国であり、その戦争の後で経済や政治などあらゆる面で台頭した国でもあります。ガザで起きていることはまさに大量殺戮であり民族浄化です。日本のような偉大な国が『NO』と言うべきなのです」
国際社会で日本人がすべきことは、まさにこういうことなのでしょう。欧米人に追従するのではなく、日本人としての理念やポリシーを貫けられるようになれば、海外でもきっと一目置いてもらえるだろうと私は確信しています。

2024年2月5日
武元康明

参考文献
【前編】
・『空気を読む脳』 中野信子著 (講談社+α新書)
・東洋経済オンライン
『「愛情ホルモン」が脳に与える無視できない影響』
中野 信子 : 脳科学者 / 真壁 昭夫 : 法政大学大学院政策創造研究科教授
https://toyokeizai.net/articles/-/382052?page=3
・ダ・ヴィンチ
『最高の生き方』ムーギー・キム対談【第1回 中野信子】
https://ddnavi.com/interview/529661/a/
・公益財団法人 私立大学退職金財団
『「自粛警察」にならない自分軸の築き方』 中野信子
https://www.shidai-tai.or.jp/topics_detail8/id=1197
・まぐまぐニュース! 
『なぜ日本人には虫の「声」が聞こえ、外国人には聞こえないのか?』 伊勢雅臣
・小野測器HP  『音と脳』
・無印良品HP  『右脳と左脳と虫の声』
・『情緒と日本人』 岡潔著 (PHP文庫)
・『スピリチュアル 「わたし」の謎』 橘玲著 (幻冬舎)
・『菊と刀』 ルース・ベネディクト著、角田安正訳  (光文社古典新訳文庫)

【後編】
・『新訳 茶の本』 岡倉 天心著、大久保喬樹訳 (角川ソフィア文庫)
・10ミニッツTV
『「茶の本」の著者・岡倉天心は何をした人物か?』
大久保喬樹大久保喬樹東京女子大学名誉教授
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=2216
・茨城県天心記念五浦美術館HP
https://www.tenshin.museum.ibk.ed.jp/05_tenshin/01_tenshin1.html
・好書好日
『「朦朧」の時代―大観、春草らと近代日本画の成立』書評評者: 横尾忠則
https://book.asahi.com/article/11629045
・『中空構造 日本の深層』 河合隼雄(中央公論新社)
・『幸せの日本論 日本人という謎を解く』前野隆司 (角川新書)
・『ブルシット・ジョブの謎』 酒井隆史 (講談社現代新書)
・『新卒採用基準』 廣瀬泰幸(東洋経済新報社)
・8bitNews
『日本には、ガザで起きていることに「NO」と言える道徳的な力がある』