Third Eye
第2回 (後編) 日本型雇用はなぜ悪者にされるのか
サードアイ 2022.5.28 前編、中編に渡ってジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の実態や今後の展望について述べてきました。
ところで、日本流の経営は、欧米型に塗り替えないといけないほど時代遅れなのでしょうか。ラストは世界から見た日本式経営の在り方について論じたいと思います。
●日本式経営は世界で称賛されている
Amazon創業者のジェフ・ベゾスは実は「カイゼン」の熱烈な信奉者であることは、あまり知られていません。
カイゼンは皆さんもご存じのトヨタで生み出した生産方式です。
『日本式経営の逆襲』(日本経済新聞出版 岩尾俊兵著)によると、ベゾスは2010年の株主総会で「kaizen」という言葉を使ってプレゼンをしたそうです。アマゾンが取り組んできた努力はカイゼンという言葉で表現できること、今後はそれを地球規模に適用して環境問題に焦点を当てたカイゼンを行いたいと述べたとのこと。
アマゾンの米国本社にはkaizenプログラムが設けられていて、ラスベガスの配送センターは返品プロセスや歩行のカイゼンが行われて生産性が34%も向上したそうです。倉庫のオペレーションからプログラミングまで、あらゆる業務でカイゼンの考え方を取り入れて、あの莫大な利益を上げています。
さらに、アメリカでは「kaizenイベント」「kaizenプロジェクト」といった言葉もできるほど、カイゼンの研究が活発です。それをアメリカのコンサルティング企業が世界中の企業に研修を行っているのです。日本発の生産方式なのに、アメリカがビジネスのタネにしているということです。今や、イギリスやカナダの他、スウェーデンやインド、中国までカイゼンの研究が盛んになっているそうです。
一方、日本ではどうでしょう。最近は、時代は「DX(デジタルトランスフォーメーション)」だと言われるようになり、「メタバースをどう活かすか」と各企業が注目しています。欧米発の最新技術を取り入れるのに躍起になり、せっかくの日本の素晴らしい経営法を活かそうとしていません。
この本によると、他にも日本式の経営法は海外から逆輸入しているものが多いのだそうです。リーン・スタートアップやアジャイル、ティール組織といった経営法が一時ブームになりました。これらもすべて、日本の経営法を海外が取り入れて焼き直し、ラベルを張り替えたものを日本が輸入しているのだとか。
本当なら日本人が海外に持って行って普及するべきでしょう。欧米にばかり目を向けているうちに、大きなビジネスチャンスを逃しているようなものです。心からもったいないと思います。
ベストセラー『ハーバードでいちばん人気の国・日本』(PHP新書 佐藤智恵著)によると、ハーバード大ではトヨタ自動車と本田技研工業のケースは普遍的な教材として何十年も講義で教えられていると言います。ほかにも、明治維新や岩崎弥太郎などの歴史的な事例から、「新幹線お掃除劇場」といった最近の事例まで、幅広く教材として取り上げられているそうです。
ハーバードの教員も学生も日本に魅せられ、日本への研修旅行の予約枠はすぐに埋まってしまっていました。
本当は海外のエリートに注目されているのに、自分たちではそのよさに気づいていない日本。それに気づかない限り、これからも何度も欧米型の雇用ブームは起きては消えていくでしょう。
●今回(第2回)のサードアイ 心理的安全性を高める組織をつくる
最近、「心理的安全性」が話題になっています。
この言葉は1999年、組織行動学の研究者である、米・ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授によって提唱されました。心理的安全性は「チームにおいて、他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰を与えたりしないという確信をもっている状態」という意味です。
米グーグル社が2012年から約4年かけて、社内の数百に及ぶチームを対象とし、より生産性の高い働き方をしているのはどのようなチームなのか調査しました。その結果、「心理的安全性の高いチームのメンバーは離職率が低く、他のチームメンバーのアイデアをうまく利用でき、マネジャーから評価される機会が2倍多い」という結果が出たのです。そこから、心理的安全性は注目されるようになりました。
激動の時代に翻弄されないためには、ジョブ型やメンバーシップ型という「型」に惑わされず、心理的安全性を高めるような組織をつくることが大事ではないでしょうか。
私のクライアントの一つである大企業は、次の3つの課題を長年かけて解消しています。
・年功序列の緩和 (若手社員でもポストに就ける)
・成功時の個人へのリターンを実現する
・失敗時の再チャレンジ制度
これらはベンチャー企業では当たり前かもしれませんが、それを大企業で実行しているところに本気度が伺えます。
この企業では「とにかく人材を流出させないようにしよう」という意識が強く、そのためには若手社員をどうつなぎとめるかを考えてきました。
とくに3つ目は、心理的安全性を高めるために重要なポイントです。日本では失敗したら個人の責任を追及し、降格や左遷もあり得ます。2回の左遷から這い上がって経営者になるソニーの出井伸之元社長のような人もいますが、それは失敗を許容する組織でないとできません。
今は会社に対する忠誠心も昔ほど強くないので、降格や左遷で会社に見切りをつける若手社員は少なくないでしょう。そういう光景を見ていたら、まわりの若手社員もチャレンジしなくなります。
組織の未来を考えたら、おのずと心理的安全性を重視した働き方に帰結するのではないでしょうか。個人を伸ばすことが組織を成長させることにつながるのだという原点を忘れなければ、ジョブ型を上手にアレンジして日本型ジョブ型に進化させられるのではないかと思います。
2022年5月28日
武元康明
《参考文献》
・濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書)
・海老原 嗣生『人事の組み立て ~脱日本型雇用のトリセツ~』(日経BP)
・岩尾俊兵『日本式経営の逆襲』(日本経済新聞出版)
・佐藤智恵『ハーバードでいちばん人気の国・日本』(PHP新書)
●ジョブ型雇用
株式会社パーソル総合研究所
「ジョブ型人事制度に関する企業実態調査」
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/employment.html
リクナビNEXTジャーナル
「『ジョブ型』雇用とは? 第一人者が語るメリット・デメリットと大きな誤解」濱口桂一郎
https://next.rikunabi.com/journal/20210804_t01/
財務総合政策研究所ランチミーティング『ジョブ型雇用の真実』濱口桂一郎
https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/fy2021/lm20220215.pdf
ヤフーニュース
「雇用のカリスマに聞く『ジョブ型雇用』の真実【海老原嗣生×倉重公太朗】」
https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20210125-00219252
HRNOTE
「間違いだらけの『日本式』ジョブ型雇用」 HRzine Day 2021 Summer
RIETI
「ジョブ型雇用の誤解を解きほぐす」鶴 光太郎
https://www.rieti.go.jp/jp/special/af/069.html
経団連
「自社型雇用システムの変化 ―自社型雇用システムと自律的キャリア形成へー」
https://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/future2/20210319/shiryou2_3.pdf
●海外インターンシップ制度
日経BizGate
「欧州の若者は『薄給でブラックな訓練』に耐えてやっと就職」 雇用ジャーナリスト 海老原 嗣生
https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXZZO3649088015102018000000/?page=3
THE ADECCO GROUP
「経験がなければ、もはや就職できない!? 米国のインターンシップ事情」
https://www.adeccogroup.jp/power-of-work/vistas/adeccos_eye/35/05
Newsweek
「インターンなしには企業も政府も存続不能、『ブラックすぎる』アメリカの実情」
https://news.yahoo.co.jp/articles/a2ce013ef0ff17447c46f5dc3e7a2a4e7e645612
●ジョブ型ブーム
コーン・フェリー
【講演録】実態調査からみるジョブ型制度の日本企業における潮流
https://focus.kornferry.com/ja/events/jobbased-survey2021-webinar/
●日立製作所ジョブ型
「日立製作所の事業変革と人財戦略 ~ジョブ型人財マネジメントとD&I推進の取り組み~」
日本の人事部 HRカンファレンス2021 春 資料より
https://focus.kornferry.com/wp-content/uploads/2015/02/HR%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B92021%E6%98%A5_%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%BC%EF%BC%86%E6%97%A5%E7%AB%8B%E9%85%8D%E5%B8%83%E7%94%A8_2021-5-25.pdf
●心理的安全性
リクルートマネジメントソリューションズ
「心理的安全性とは」
https://www.recruit-ms.co.jp/glossary/dtl/0000000230/
HR pro
「『心理的安全性』とは何か? チームや職場へのメリットを紹介」
https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=2122
JMAM
「『心理的安全性』の高い職場のつくりかた」
https://www.jmam.co.jp/hrm/column/0006-psysafety.html