Third Eye
第2回 (中編) 日本型雇用はなぜ悪者にされるのか
サードアイ 2022.5.20前回、ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用がさまざまな誤解を生んでいることについてお話ししました。ジョブ型雇用について批判はあっても、今後雇用が世界基準にシフトしていくことは止められないでしょう。
ただし、欧米の雇用制度をそのまま日本で導入しようとしてもうまくいきません。どうすれば日本企業になじむ雇用制度ができるのか、今回はその可能性について探りたいと思います。
●ジョブ型ブームは何度目?
実は、60年代に既に日本型雇用の特徴である終身雇用と年功序列を見直すべきだという議論が起きていました。
1960年の池田勇人首相(当時)による有名な「所得倍増計画」。ここで、「年功序列制度がややもすると若くして能力のある者の不満意識を生み出す面があるとともに、大過なく企業に勤めれば俸給も上昇してゆくことから創意に欠ける労働力を生み出す面がある」と問題点を指摘していました。
同じ時期に、経団連も終身雇用制や年功序列を「硬直的な制度」として見直す必要性を訴えていました。
当時はジョブ型という言葉を使っていたわけではありませんが、メンバーシップ型から脱却しようとしていたわけです。
しかし、経済成長が続き、海外から「ジャパン・アズ・ナンバー1」と絶賛されるようになると、本気で見直そうとしなくなるのは当然です。その後、バブルが崩壊してリストラが進んで、再び日本型雇用が問題視されるようになりました。
最初のジョブ型ブームは2000年前後に起こりました。前述した富士通は1993年に成果主義を導入し、年功序列を全廃しました。他の企業も成果主義を導入するようになり、この時期から「職能型から職務型(ジョブ型)へ(注1)」という言葉をよく聞くようになりました。
ただ、濱口氏によると成果主義はジョブ型ではないので、なんちゃってジョブ型ブームと言えるかもしれません。
次のブームは2010年から2015年ごろです。この時期、大企業では「グローバル・グレーディング」という制度を取り入れる動きが活発になりました。これは、人事を世界のグループ会社で共通した基準にして、等級格付けする制度です。このころ、ミッショングレード制度やバンド型賃金制度など、さまざまな制度が導入され、これからは「職能給から職務給だ」と盛んに言われて、その流れでジョブ型という言葉がよく使われていたように記憶しています。
このように、ジョブ型ブームは何度も起きて、いつの間にか消えていました。そして、今回が3回目です。
それはつまり、日本には根づかない制度だという表れなのではないでしょうか。
注1:
職務型:職務の内容や範囲をはっきりさせ、仕事の内容や価値に応じて賃金が支払われる。
職能型:従業員の「職務遂行能力」を基準に賃金を算出する雇用方法。能力を判断する基準に勤続年数などが含まれるので、年功序列になりやすい。
●なぜジョブ型はうまくいかない?
ここまで述べてきたように、今日本で言われているジョブ型は「なんちゃってジョブ型」と言うほうが正解かもしれません。
日本では、「これからはジョブ型が浸透していく」「グローバル社会では欧米型の働き方にシフトすべきだ」という議論が何度も起きました。ところが、60年代に問題視されていたことを、60年以上経った今でも変えられずにいるのです。
いずれにせよ、今までジョブ型に完全にシフトできなかったのは、欧米と日本ではOS(オペレーションシステム)が違うからだと思います。
海老原氏は、雇用システムはまず土台(OS)にそれぞれの国特有の人事管理があり、それがキャリア観という基礎を築いて、その上に働き方が乗るという三層で表現しています。土台に日本的な人事管理があり、それが日本的なキャリア観をはぐくみ、その結果、日本的な働き方になる。欧米では欧米的な人事管理があり、キャリア観を生み出し、欧米的な働き方になるということです。
その表層部分の働き方がジョブ型やメンバーシップ型であり、そこだけを変えても基礎や土台が違うから意味がない、とのこと。
私もこの意見には賛成です。私は個人にも企業にもOSのようなものがあると今まで考えてきました。
企業のOS:経営理念やビジョン、社風、経営者や幹部の人物像、業界の文化や慣習など。個人のOS:理念や信条、信念やポリシー、夢、キャリアプランやライフプラン、人格など。
私は企業と個人(候補者)のOSが合致するようにヘッドハンティングをしてきました。このOSは国によって大きく異なるのは当たり前です。
たとえば、ヨーロッパでは一カ月ぐらいバカンスを取るのは普通ですが、アメリカは2週間ぐらい、日本の夏季休暇は一週間ぐらいです。その代わり、日本は世界的に祝日が多い国ではあります。
このように休暇の取り方一つでも国によって違うのですから、それに合わせて働き方も仕事観も変わるでしょう。国ごとに歴史や文化も違うので、欧米型の働き方が日本に合わないのはむしろ当然です。
確かに、少子高齢化が進んでポストがなかなか空かない日本で、年功序列は機能不全に陥っていると思います。優秀な若手社員にチャンスが回ってこないので、大企業から外資系やベンチャー企業に転職する若者は後を絶ちません。企業の未来を考えたら、若者も社内で育てていかなくてはならないでしょう。
したがって、問題のある部分を直し、いいところはそのまま継続すればいいのではないでしょうか。ジョブ型(的なもの)にしたところで、年功序列をそのままにしておいたら、あまり意味はありません。問題を先送りにして表面的なところだけ変えても、またすぐに不具合が起きるでしょう。だから数年ごとに人事制度を見直す企業が多いのではないかと感じています。
覚えておいた方がいいのは、ジョブ型では企業に「人事権」はないという点です。
日本では将来経営幹部になりそうなポテンシャルのある人材を役職に就けたり、「営業には向かないから総務部に」のように異動させることができます。また、転勤を命じることもできる。ジョブ型はこれができません。雇用契約で「本人同意がない限り、配置転換はできない」となっているので、会社が一方的に異動させられないのです。
企業側としては人事権を握っておきたいのは言うまでもありません。それなら欧米のようなジョブ型を目指すこと自体、不自然なのです。
●ジョブ型雇用から見えて来るものは?
日立製作所は今年、全社員に対してジョブ型雇用にシフトすると発表しました。
しかし、日立製作所は10年ぐらい前からそれに向けて着々と準備を進めてきました。元々日立製作所は海外事業を拡大するにつれ、海外の従業員が増え、今は50%以上を占めています。海外の事業所で日本型のメンバーシップを導入するのは難しく、グローバルな人事制度に引き直してきました。
そのうえで、2017年から労働組合とジョブ型のマネジメントについての議論を重ね、社内でも委員会を立ち上げて何度も議論してきたそうです。
その際に、「ジョブ・ディスクプリションに書かれた職務しか行わないと、チームワークが低下するのではないか?」と疑問の声が上がると、「海外のグループ会社では、規定された業務のみ行うことはなく、チームとして成果を上げている」と回答するなど、不安を解消してきました。
さらに全400種類のジョブ・ディスクプリションを作成し、それを社外にも公開してどのような能力を求めているのかを明確にするようです。ここまでできるのは、やはり大企業で人員もコストも豊富だから徹底できるのでしょう。
そのジョブ・ディスクプリションの内容は、データサイエンティスト(マネージャー)だと、次のように職務が定めてあります。
◎データサイエンスの観点で顧客の経営課題を解決する。
・顧客との対話を通し、顧客課題を抽出し、分析結果から「あるべき姿」を導き出し、解決策(ソリューション)を提案する。
・社内関係者・同僚と協働しながらプログラムの開発、実装までPJをリードする。
◎必要な能力・スキル(教育・資格・実績)
・日立データサイエンス資格2級以上
・日立データサイエンス資格2級以上・英語力(TOEIC 800点以上)
・多様なステークホルダーとの質が高い人脈形成力
・コンプライアンスに対する正しい理解と高い意識
(日立の事業変革と人財戦略《策定と実行》より抜粋)
「社内関係者・同僚と協働しながら」のように、チームワークを重視する表現がある点に、落としどころがあるように感じます。つまり、本来のジョブ型ではなく、メンバーシップ型を混ぜた日本流のジョブ型にアレンジしているということです。
同時に社員に必要なキャリア研修も拡充するようですが、それと併せて「兼業・副業も検討する」となっているのが気になります。日立製作所のような大企業であっても兼業・副業を勧める狙いは、社外で自分でスキルアップをしてほしい、ということでしょう。
ここにジョブ型の狙いがあるのかもしれません。
環境の変化が目まぐるしい今、世界情勢に合わせて社員を教育していくのは難しくなってきました。今学んでいるスキルが2、3年後にも通用するかどうか分かりません。だから、企業としては自分で専門的なスキルや知識を身に着けて、仕事で活かしてほしいのが本音ではないでしょうか。
欧米でも、もし今の自分の職がなくなってしまったら、別の企業で同じ職務を探すか、違う職務に就きたいのなら職業訓練校などで学び直さないといけないのだと聞きました。会社がステップアップする場を用意してくれるのではなく、自分でステップアップしないといけないのです。
本来のジョブ型を目指すと、日本もそうなっていくのかもしれません。社内で教育をしなくても、派遣会社を利用しなくても、社員が自分で専門性を高めてくれる。そうなったら企業としては人材に関するコストを大幅に削減できます。
ここで改めて考えたいのは、「会社は誰のものか?」という根本的な問いです。
欧米では「株主のもの」という考えが明確であり、ジョブ型はそれを実現するために好都合な雇用システムです。社員は会社にとって駒に過ぎず、だからお金をかけて育成するより、既に教育が終わっている中途社員を採用するほうが効率的です。ましてや、右も左も分からない新入社員を一から育てるなど、お金も時間もかかる非効率的なことは株主はよく思わないでしょう。
日本はこの20年で急速に「会社は株主のもの」という考えが浸透してきましたが、バブルが崩壊するまでは間違いなく「社員のもの」「顧客のもの」という考えでした。
もしかしたらジョブ型に移行することで、完全に株主至上主義になろうとしているのかもしれません。株主第一主義の限界に気づいたアメリカが、軌道修正しようとしているのにも関わらず。
しかし、日本は欧米に追従した結果、この20年で先進国の中で唯一、経済成長が止まっています。今や中国の下請けになりつつあるぐらい、日本は沈んでいっているのです。
日立製作所のこの取り組みが成功するかどうかは、数年後でないと分からないでしょう。いずれにせよ、ジョブ型にシフトするには数年かけて移行するぐらいの大仕事になると思います。ただジョブ・ディスクプリションを作成すればいいというものではなく、新卒の採用にも影響しますし、評価制度や人材教育、人事異動や配置など、あらゆるものをジョブ型、かつ自社流に合わせて変えていかなくてはなりません。
それでも年功序列で硬直化した制度を見直すきっかけにはなるのではないでしょうか。
2022年5月20日
武元康明
《参考文献》
・濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書)
・海老原 嗣生『人事の組み立て ~脱日本型雇用のトリセツ~』(日経BP)
・岩尾俊兵『日本式経営の逆襲』(日本経済新聞出版)
・佐藤智恵『ハーバードでいちばん人気の国・日本』(PHP新書)
●ジョブ型雇用
株式会社パーソル総合研究所
「ジョブ型人事制度に関する企業実態調査」
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/employment.html
リクナビNEXTジャーナル
「『ジョブ型』雇用とは? 第一人者が語るメリット・デメリットと大きな誤解」濱口桂一郎
https://next.rikunabi.com/journal/20210804_t01/
財務総合政策研究所ランチミーティング『ジョブ型雇用の真実』濱口桂一郎
https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/fy2021/lm20220215.pdf
ヤフーニュース
「雇用のカリスマに聞く『ジョブ型雇用』の真実【海老原嗣生×倉重公太朗】」
https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20210125-00219252
HRNOTE
「間違いだらけの『日本式』ジョブ型雇用」 HRzine Day 2021 Summer
RIETI
「ジョブ型雇用の誤解を解きほぐす」鶴 光太郎
https://www.rieti.go.jp/jp/special/af/069.html
経団連
「自社型雇用システムの変化 ―自社型雇用システムと自律的キャリア形成へー」
https://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/future2/20210319/shiryou2_3.pdf
●海外インターンシップ制度
日経BizGate
「欧州の若者は『薄給でブラックな訓練』に耐えてやっと就職」 雇用ジャーナリスト 海老原 嗣生
https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXZZO3649088015102018000000/?page=3
THE ADECCO GROUP
「経験がなければ、もはや就職できない!? 米国のインターンシップ事情」
https://www.adeccogroup.jp/power-of-work/vistas/adeccos_eye/35/05
Newsweek
「インターンなしには企業も政府も存続不能、『ブラックすぎる』アメリカの実情」
https://news.yahoo.co.jp/articles/a2ce013ef0ff17447c46f5dc3e7a2a4e7e645612
●ジョブ型ブーム
コーン・フェリー
【講演録】実態調査からみるジョブ型制度の日本企業における潮流
https://focus.kornferry.com/ja/events/jobbased-survey2021-webinar/
●日立製作所ジョブ型
「日立製作所の事業変革と人財戦略 ~ジョブ型人財マネジメントとD&I推進の取り組み~」
日本の人事部 HRカンファレンス2021 春 資料より
https://focus.kornferry.com/wp-content/uploads/2015/02/HR%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B92021%E6%98%A5_%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%BC%EF%BC%86%E6%97%A5%E7%AB%8B%E9%85%8D%E5%B8%83%E7%94%A8_2021-5-25.pdf
●心理的安全性
リクルートマネジメントソリューションズ
「心理的安全性とは」
https://www.recruit-ms.co.jp/glossary/dtl/0000000230/
HR pro
「『心理的安全性』とは何か? チームや職場へのメリットを紹介」
https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=2122
JMAM
「『心理的安全性』の高い職場のつくりかた」
https://www.jmam.co.jp/hrm/column/0006-psysafety.html