Third Eye

第2回 (前編) 日本型雇用はなぜ悪者にされるのか

サードアイ 2022.5.11

最近、「これからは、日本はジョブ型雇用になる」という話題をあちこちで耳にします。
ジョブ型とメンバーシップ型がどういうものなのか、漠然としている方も多いのではないでしょうか。単純にメンバーシップ型=旧来の日本型雇用スタイル、ジョブ型=欧米の成果主義に基づいた新しい雇用スタイルというものではなさそうです。
今回は、ジョブ型雇用の真実について探っていきたいと思います。

●ジョブ型は日本人が考えた名称にすぎない
今のジョブ型ブームとも言える動きが始まったのは、経団連が『2020年版 経営労働政策特別委員会報告』でジョブ型について触れたことに端を発します。
その報告書では、「直ちに自社の制度全般や全社員を対象としてジョブ型への移行を検討することは現実的ではない」としつつも、自社の経営戦略に合わせて「メンバーシップ型」と「ジョブ型」の組合せをしていくことが重要だとしています。
それ以降、日立製作所、富士通、NTT、オリンパス、ブリヂストンなどが続々とジョブ型雇用の導入を発表しています。
株式会社パーソル総合研究所が社員数300人以上の日本企業にジョブ型の導入状況・見通しをたずねたところ、「導入済み」が18.0%、「導入検討中(導入予定含む)」は39.6% という結果になりました(2021年調査)。
まるで日本に黒船が来たかのような騒ぎになっていますが、そもそもジョブ型とメンバーシップ型とは何でしょうか?
意外なことに、アメリカに行って「アメリカの働き方はジョブ型ですよね」と言っても、「何、それ」と通じません。実はこの2つの用語は、独立行政法人労働政策研究・研修機構労働政策研究所長の濱口桂一郎氏が名付け親です。
濱口氏は、概念自体は昔からあるものを、各国の雇用システムを分類するために名付けたそうです。ですので、どちらがいい・悪いというつもりはなかったのですが、いつの間にか「日本の働き方は古い。欧米型のジョブ型に変えるべきだ」と使われるようになり、ご本人も困惑しているようです。

 濱口氏によると、この2つは次のような意味になります。

・ジョブ型雇用:ジョブ(職務)があり、そこに遂行できるスキル(技能)をもった人材を採用するシステム。企業と個人がジョブ・ディスクリプション(職務内容を記述した文書)をもとに雇用契約を結び、その範囲内のみで働く。賃金も職務ごとに決まっている。別部署への異動や転勤はなく、昇進や降格も基本的にはない。そのジョブがなくなったら辞めてもらうことになる。新卒一括採用はなく、終身雇用も約束されていない。

・メンバーシップ型雇用:採用時にジョブが特定されていないので、会社の命令によってそのつどジョブが決まる。職務、労働時間、勤務地は原則無限定。賃金は勤続年数や年齢、能力によって評価される。担当しているジョブがなくなっても異動させて雇用が維持される。

一見ジョブ型のほうが新しいように感じますが、濱口氏は、「ジョブ型は古くさい」と指摘しています。
世界でメンバーシップ型であるのは日本だけであり、欧米以外の国もジョブ型です。しかし、日本もかつてはジョブ型でした。高度経済成長期の日本で定着していったのがメンバーシップ型です。だから、メンバーシップ型のほうが本当は新しいスタイルなのです。
濱口氏は、「ジョブ型はあらかじめ椅子に(職種と)値札が貼ってあって、そこに人材が採用されて座る。メンバーシップ型は座る椅子とは関係なく、人に値札が貼られる」と語っています。

●ジョブ型を取り巻く誤解
人事や労働関係の専門家や人材関係の企業でも、ジョブ型雇用の説明は様々です。
以下、ジョブ型の説明でよく言われている誤解を列挙しました。

・ジョブ・ディスクリプションをもとに雇用契約を結ぶ
・ジョブ型は成果主義である
・解雇されやすくなる
・高度な専門職が中心になる
・年齢や学歴より、スキルと専門性が重視される
・若者でも出世できる
・入社後の研修はなく、自分で専門性を高めていかなくてはならない
・ジョブ型はテレワーク・リモートワーク向き

濱口氏によると、一般的に出回っているジョブ型論は間違いだらけとのこと。
一般的に言われていることが正しいのかどうか、その一部を検証してみましょう。

①ジョブ型=成果主義である
濱口氏は明確にジョブ型=成果主義ではないと否定しています。
ジョブ型は、ジョブ・ディスクリプションに書かれている以上のことは求められず、賃金も職務ごとに決まっているので、能力次第で昇進できるわけではないそうです。
たとえば、欧米では工場で製品の組み立てを担当している人が、生産性を上げるための方法を提案しても、評価してもらえるわけではありません。組み立ての担当者は、組み立て作業でしか評価してもらえないのです。ですので、入社してから退職するまで、何十年もひたすら同じ作業を繰り返すことになります。一般の労働者には査定がない分、昇給も昇進も基本的にはありません。
欧米で成果主義の対象となるのは、ごく一部のエリート層だけ。その層は経営陣になれば報酬は青天井となります。そういう意味では、一部では成果主義が成り立っていると言えるでしょう。
欧米では経営幹部や現場をまとめるリーダー(日本の部長や課長など)になるのは、一流大卒の人と決まっているので、学歴で社会に出てから進む道はほぼ決まっています。
したがって、社会人経験がほとんどないエリートが、いきなり工場長になるような状況もあり得ます。まれに、現場から出世していくケースもあるようですが、ほんの一握りにすぎません。どうやら「努力は報われる」社会とは言えないようです。

元リクルートで人事・雇用の専門家として活躍している海老原嗣生氏は、日本の雇用システムを「誰もが階段を上れる社会」と称しています。日本のように平社員が社長に出世できるのは、世界では奇跡のようなものなのです。実は、日本のほうがはるかに能力主義なのかもしれません。
ただし、誰もが階段を上れる社会が必ずしも幸せな結果を生み出していると言えないのも、事実です。
欧米では一般の労働者は出世がない分、仕事を定時で上がって趣味に打ち込んだり、家族との時間を過ごせます。給与は安いので生活はそれなりに苦しいのですが、身の丈に合った人生を楽しめます。その代わり、エリート層は日本のビジネスマン以上に激務だと言われています。
ところが、日本は誰でも出世のチャンスがある分、みんなが等しく長時間労働をするように求められます。いまだに「まわりが残業しているから」という理由で残っている人も少なくありません。
社会人としての入り口で、ハードモードかイージーモードかを自動的に選んでいる欧米と、全員でハードモードでいかなくてはいけない日本と、どちらかいいのか、難しいところです。

ところで、日本の成果主義はすべての社員が対象となります。いち早く導入した富士通が成果主義で内部がガタガタになったのは有名な話ですが、そもそも欧米とは導入の仕方がまったく違うので、うまくいかないのは当然だったのかもしれません。

②ジョブ・ディスクリプションをもとに雇用契約を結ぶ
これはその通りなのですが、それがジョブ型の本質ではありません。ジョブ・ディスクリプションがなくても、「あなたの仕事はデータ集計」と採用時に決まっていて、ずっとその業務だけをしているならジョブ型に該当します。
要は、派遣社員の雇用契約がジョブ型だと考えると分かりやすいでしょう。
そもそもジョブ・ディスクリプションは、アメリカでは80年代に役割を終えていると海老原氏は指摘しています。
製造業が盛んだった時代は、ジョブ・ディスクリプションで細かく業務を書き出せましたが、IT業が取って代わってからはそうもいかなくなりました。業務は日々変わりますし、表現が難しい微妙な業務もあるでしょう。
だから、今は外資系であってもリーダーの職務は「毎日起こりうる現場での問題を解決する」のように漠然とした記述になっているようです。また、「関連する事務仕事も担当する」のように職務の境界線もあいまいになっています。
つまり、ジョブ・ディスクリプションをもとに仕事の内容を定めること自体、ジョブ型の国では限界が来ているのです。それなのに、日本はこれからそれを始めようとしています。

③解雇されやすくなる
アメリカではドナルド・トランプ前大統領が「You’re fired!」と職員のクビをバサバサ切っていましたが、簡単に解雇できるのはアメリカぐらいです。日本は正社員を基本的に解雇できませんが、ヨーロッパも労働者の雇用は日本以上に守られているので、ジョブ型であっても簡単には解雇できません。
アメリカでは確かに能力不足で解雇されることもありますが、この「能力不足」が日本と欧米ではまったく違うと海老原氏は指摘しています。
たとえば、リバプールの工場で問題視されているのは、「普通の日で遅刻者は1600人を下らないし、従業員の10%が何らかの理由で欠勤している。しかも、病気および通常のはっきりした理由による欠勤は5%もいない」とのこと。
日本ではLINEで遅刻や欠勤の報告をする若者を嘆いていますが、それどころではありません。1600人もの社員が連日遅刻し、5%が無断欠勤する。これでは工場が回らないのでは、と思います。
そもそも職務内容が細かく決まっていて、それに合う人材を採用しているのが大前提なので、どう見ても問題のある人が解雇される場合が多いそうです。

以上、代表的な3つについて検証しました。
濱口氏は、「商売目的の経営コンサルタントやそのおこぼれを狙うメディアは、もっぱら新商品として『これからのあるべき姿』としてのジョブ型を売り込もう、そのためのいいネタだと思っているように感じる」と批判されています。
確かに、ここまで何でもかんでも「ジョブ型がいい」とする風潮を見ていると、その通りかもしれないな、と感じます。

●日本で完全にジョブ型にするのはハードルが高い理由
ジョブ型とメンバーシップ型を論じるうえで外せないのは、若者に対する採用方法です。
日本は皆さんもご存じの通り、新卒一括採用。入社してから仕事に必要なスキルやマナーを学んでいきます。
一方で、ジョブ型は「欠員を補充する」というシステムなので、経験や知識のない若者を大勢雇うことはしません。そこで、欧米ではインターンシップという制度があります。
日本でもインターンシップが一般的になっていますが、欧米とはまったく状況が違います。
海老原氏によると、たとえばフランスでは3年制の大学在学中に14カ月もインターンとして働くのが一般的だそうです。しかも、エリート校の学生は学費を上回るほどの実習手当を払ってまで囲い込みますが、それ以外の学生は無報酬や最低賃金以下で働かされるのだと言います。
要は、見習いとして働いて、職種に必要な知識や経験を得るわけです。学生のなかには借金をしてまでインターンを続ける人もいるそうです。インターン生がデモを起こしたことでようやく社会問題になり、報酬面は見直されましたが、それでも劣悪な状況であるとのこと。人権を尊重しているように思えるフランスでも、そんな状況なのです。
アメリカでは学位によってインターンの時給は異なり、無給も珍しい話ではなく、ホワイトハウスのインターンであっても無給だそうです。近年は「無給で雑用をさせられた」と大企業を訴えるケースも増えていると言います。
貧しい学生は学業とバイトとインターンを同時進行しなければならず、疲弊しています。それでもインターンを続けるのは、即戦力でなければ雇ってもらえないからです。

こういったケースからも分かるように、ジョブ型は夢の働き方ではありません。むしろ、新卒においては日本のほうが若者に門戸を広く開いているので、海外から見たら夢のような働き方かもしれません。
日本企業も新卒に関してはすぐに欧米型のマネをするのは容易ではないので、新卒一括採用はこれからも変わらずに続けていくだろうと思います。
だから、多くの企業ではジョブ型(的なもの)を一部採用しつつ、メンバーシップ型も残すという合わせ技にしているのでしょう。

余談ですが、こういった背景が見えてくると、アメリカで起業する若者が多いのも分かる気がします。普通の企業ではポストが空かない限り採用されないので、若者が会社に入社すること自体が狭き門なのです。ポストが空かないなら、自分でつくるしかありません。
日本は大企業でも中小企業でも新卒採用しているので、若者が社会に出てすぐに働ける環境が整っています。だから日本の若者に起業家精神が育たないのも、自然なのかもしれません。
その代わり、アメリカは移民であっても起業して一財産を築く人は大勢います。ベンチャー企業に対して寛容なので、アメリカがチャレンジできる国であるのは間違いないでしょう。~中編へつづく~

2022年5月吉日
武元康明

《参考文献》
・濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書)
・海老原 嗣生『人事の組み立て ~脱日本型雇用のトリセツ~』(日経BP)
・岩尾俊兵『日本式経営の逆襲』(日本経済新聞出版)
・佐藤智恵『ハーバードでいちばん人気の国・日本』(PHP新書)

●ジョブ型雇用
株式会社パーソル総合研究所
「ジョブ型人事制度に関する企業実態調査」
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/employment.html

リクナビNEXTジャーナル
「『ジョブ型』雇用とは? 第一人者が語るメリット・デメリットと大きな誤解」濱口桂一郎
https://next.rikunabi.com/journal/20210804_t01/

財務総合政策研究所ランチミーティング『ジョブ型雇用の真実』濱口桂一郎
https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/fy2021/lm20220215.pdf

ヤフーニュース
「雇用のカリスマに聞く『ジョブ型雇用』の真実【海老原嗣生×倉重公太朗】」
https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20210125-00219252

HRNOTE
「間違いだらけの『日本式』ジョブ型雇用」 HRzine Day 2021 Summer

HR NOTEとは

RIETI
「ジョブ型雇用の誤解を解きほぐす」鶴 光太郎
https://www.rieti.go.jp/jp/special/af/069.html

経団連
「自社型雇用システムの変化 ―自社型雇用システムと自律的キャリア形成へー」
https://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/future2/20210319/shiryou2_3.pdf

●海外インターンシップ制度
日経BizGate
「欧州の若者は『薄給でブラックな訓練』に耐えてやっと就職」 雇用ジャーナリスト 海老原 嗣生
https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXZZO3649088015102018000000/?page=3

THE ADECCO GROUP
「経験がなければ、もはや就職できない!? 米国のインターンシップ事情」
https://www.adeccogroup.jp/power-of-work/vistas/adeccos_eye/35/05

Newsweek
「インターンなしには企業も政府も存続不能、『ブラックすぎる』アメリカの実情」
https://news.yahoo.co.jp/articles/a2ce013ef0ff17447c46f5dc3e7a2a4e7e645612

●ジョブ型ブーム
コーン・フェリー
【講演録】実態調査からみるジョブ型制度の日本企業における潮流
https://focus.kornferry.com/ja/events/jobbased-survey2021-webinar/

●日立製作所ジョブ型
「日立製作所の事業変革と人財戦略 ~ジョブ型人財マネジメントとD&I推進の取り組み~」
日本の人事部 HRカンファレンス2021 春 資料より
https://focus.kornferry.com/wp-content/uploads/2015/02/HR%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B92021%E6%98%A5_%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%BC%EF%BC%86%E6%97%A5%E7%AB%8B%E9%85%8D%E5%B8%83%E7%94%A8_2021-5-25.pdf

●心理的安全性
リクルートマネジメントソリューションズ
「心理的安全性とは」
https://www.recruit-ms.co.jp/glossary/dtl/0000000230/

HR pro
「『心理的安全性』とは何か? チームや職場へのメリットを紹介」
https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=2122
JMAM 
「『心理的安全性』の高い職場のつくりかた」
https://www.jmam.co.jp/hrm/column/0006-psysafety.html